食べ物辞典:松の実
古くは不老長寿に導く食材とも称された松の実。中華料理や薬膳料理という印象もありますが、世界各地で食されている食材の一つで。低糖質で不飽和脂肪酸が多く、特徴成分であるピノレン酸にもLDL低下や糖代謝改善作用を持つ可能性が示されたことで、健康サポート食材としても注目されています。食欲抑制効果も期待され、ダイエットに取り入れている方もいらっしゃいますよ。そんな松の実に含まれている栄養成分や期待される健康メリット、注意点について詳しくご紹介します。
和名:松の実
英名:pine nut
学名:Pinus koraiensis、Pinus pineaなど
松の実とは
松の実のプロフイール
サムゲタンなどの材料として使われることはあれど、日本ではあまりメジャーとは言えない松の実。ピーナッツやアーモンドなどと比べると、単体で松の実を買って食べている方は少ないのではないでしょうか。おうちで出来る薬膳系レシピで登場する事もあってか、中国や韓国など東アジアの食材というイメージがありますが、実は松の実は世界中で食べられている食材の1つ。イタリアを筆頭としたヨーロッパ諸国、中東から北アフリカ、北米と各所で食べられています。
身近な料理としては、イタリアンのジェノベーゼソース。材料としてバジル・ニンニク・オリーブオイルの加えて松の実が使用されています。クッキーやタルトなど焼き菓子類に松の実が入っていることもありますね。中東周辺でもキッビ(ひき肉のクロケット)や、トルコの伝統菓子バクラバなど、食事系からスイーツ系まで幅広く松の実を使ったレシピがあります。また、ニューメキシコ州ではローストした松の実で風味を付けたパインナッツコーヒーもしくはピニョンコーヒーも名物になっています。
とは言え、単体で松の実を食べても、あまりはっきりとした味はありません。基本的にローストはされないので香ばしさはなく、ナッツ特有の食感・脂質感がある程度。サムゲタンやジャッチュク(松の実のお粥)など韓国料理を通じて知った、ピノレン酸という成分が体に良いらしいと耳にして取り入れてみた……という方はいらっしゃっても大ブームになりにくいのは味の薄さもあるかもしれません。
ですが、松の実は実は栄養補給源としても優れた存在。古い時代にはクコの実の実と同じように“久しく服すれば実を軽くし歳を述べ老いず”と[1]不老長寿に繋がる食材と考えられてきた歴史もあり、現在でも滋養強壮食材として親しまれている食材。各国で幅広く活用されているように、風味の弱さ=レシピへ取り入れやすいというメリットもあります。美容に嬉しい成分も補給できますから、おやつというよりはレシピのちょい足しとして使ってみて下さい。
松の実の種類について
松の実は、英語でもそのまま“Pine nut(パインナッツ)”もしくは“Pine seed(パインシード)”。あの白っぽい粒の正体は呼び名そのまま、松の木にできる種子です。松にりんごのような果物は出来ませんが、松ぼっくりが実(球果)で、鱗片の裏側に種子が入っています。より詳しく言えば、松ぼっくりの中には殻に包まれた種子があり、食用としているのは殻を取り除いた“胚乳”と呼ばれる部分です。
ところで、松という言葉はマツ科マツ属の針葉樹を広く含みます。日本で庭木や街路樹として植えられている松の木にもクロマツやアカマツなど種類がありますし、世界的に見ると100以上もの種名があります。そんな中で「松」の実と割とアバウトな呼称なのは、呼びやすいというだけではなく、世界中で様々な種類の松の実が食べられているため。とは言え、多くの松の木の種は小さく、食用には適していません。
食糧農業機関(FAO)によると、種が食用として使われている松は29種で、商業的に使われているのは20種。このうち国際取引もされていてマーケットが大きいのはアジアで多いチョウセンゴヨウ(朝鮮五葉松/Pinus koraiensis)、南ヨーロッパ原産のイタリアカサマツ(Pinus pinea)、ヒマラヤ周辺地域原産のチルゴザマツ(Pinus gerardiana)の3種類とされています[2]。その他に北米ではピニョン松(Pinus edulis)が古くからネイティブアメリカンによって食されてしました。ヨーロッパやアジアでもそれぞれの地域に食用可能な松がありましたから、各地で古くから食べられ、伝統料理にも使われていたのでしょう。
松の実の栄養成分・効果について
栄養成分含有量の参考元:日本食品標準成分表2020年版(八訂)
松の実は全体重量のうち約7割を脂質が占め、100gあたりのカロリーも668kcalとナッツ類の中でも高い部類となっています。他のナッツ類と同様に高脂質・高カロリーであることから敬遠されていた時期もありますが、近年は糖質が少なく低GI食品であること・不飽和脂肪酸を多く含むことから、適量であれば肥満や生活習慣病の原因となる可能性は低いと考えられています。
また、松の実は鉄分や亜鉛・マグネシウムなどのミネラルが豊富で、ビタミンEやビタミンB群も多く含んでいます。松の実特有のピノレン酸(P-リノレン酸)にも有益な働きを持つ可能性が報告されていますから、栄養補給や健康維持のサポートとして役立ってくれるでしょう。なお、当ページに記載している栄養成分含有量は日本食品標準成分表2020年版(八訂)に“種実類/まつ/いり(Pine nuts/roasted)”として掲載されている成分量を元にしています。
松の実の効果効能、その根拠・理由とは?
疲労回復・栄養補給に
松の実はビタミンやミネラルを豊富に含むナッツ類。ビタミン類の中では、ビタミンB群とビタミンEが多く含まれています。ビタミンB1は100gあたり0.61mg、ビタミンB2は0.21mgとナッツ類の中でもトップクラス。ビタミンB1は糖質をエネルギーに変換する際に利用されるビタミンですし、松の実は同じくエネルギー生産に関与するビタミンB2やマグネシウムも豊富。加えて、脂質の多さに注目されがちな松の実ですが、実は100gあたり14.6gとタンパク質も比較的豊富です。
エネルギー産生に関係する必須栄養素を補給できること、良質な脂質やタンパク質の補給源となることから、松の実は疲労回復サポートや栄養補給源としても適していると考えられます。古くは強壮食材として食べられてきたのも、栄養成分の補給に優れていたという点が関係しているのでしょう。ちなみに、松の実は抗酸化作用を持つビタミンEも100gあたり12.0mgとアーモンドには劣るものの多く含まれています。酸化ストレスを軽減することでも疲労・疲労感の軽減に繋がる可能性がありますね。昔は不老長寿に繋がる食材とされていたのも納得ですね。
便秘予防・改善に
松の実は東洋医学の考え方では潤腸[1]という、腸を潤し便通をよくする働きを持つと考えられています。栄養成分として見ても、松の実には100gあたり6.9gと食物繊維が非常に多く含まれています。松の実に含まれている炭水化物(8.1g/100gあたり)のうち、半分以上が食物繊維なのですね。野菜などのように1回で100gなど大量に食べることはない食材ですが、松の実は10g程度の摂取でもグレープフルーツ100gと同程度の食物繊維が摂取できる計算になります。ご飯やサラダにかける、おやつ感覚でつまんでも、通常の食生活で不足しがちな食物繊維の補給に役立ちます。
食物繊維は腸の働きを助ける働きがあります。松の実に多く含まれている不溶性食物繊維は腸の蠕動運動を促進し、排便をサポートしてくれます。加えて不飽和脂肪酸にも便内で水を油を乳化させ、便を柔らかくする働き(軟化作用)を持つ可能性も報告されています[3]。松の実は食物繊維の補給源としても役立ちますから、水分や野菜・果物などと組み合わせて摂取すると便秘予防や改善サポートに繋がるでしょう。
鉄分補給・貧血予防に
松の実は鉄分が100gあたり6.2mgと非常に豊富な食材。亜鉛も100gあたり6.0mgと多いことから、人によっては「陸の牡蠣」と称されることもあるほど。鉄分は赤血球を作っているヘモグロビンの成分として利用され、不足すると鉄欠乏性貧血の原因となります。松の実を10g摂取するだけでも0.6mgと、玄米ご飯100gを食べるのとほぼ同じ鉄分が摂取できる計算になります。鉄分不足が気になる方には嬉しい食材ですね。
亜鉛も赤血球膜に必要な成分で、不足すると赤血球が脆くすぐ壊れてしまう=活動性血球が減少し亜鉛欠乏性貧血と呼ばれる貧血を起こす可能性があります。亜鉛と鉄分の両方が摂取できる松の実は貧血の予防・改善に役立つ食材と言えるでしょう。そのほかにも、松の実には鉄分の優秀や利用をサポートしてくれる銅、赤血球合成に関わる葉酸なども含まれています。
高血圧・コレステロール対策に
松の実は100gあたり12.0mgとビタミンEを多く含むナッツの1つ。ビタミンEは「若返りのビタミン」とも呼ばれるように抗酸化作用を持つビタミンのため、血中脂質が酸化して過酸化脂質となり血管を狭めてしまうことで起こる動脈硬化や血栓などの予防に役立つと考えられます。過酸化脂質の分解に関与するビタミンB2や、ナトリウムとバランスを取り合うことで血圧上昇を抑えるカリウムも含まれていますから、松の実は正常な血液循環を保ち、血流や心臓の健康維持を助ける働きも期待されています。
加えて、松の実の特徴成分であるピノレン酸には、LDLコレステロール(悪玉コレステロール)の低減効果が期待されています。2004年に韓国で行われたラットを使った研究では、ピノレン酸によって肝臓のLDLコレステロールを取り込み代謝させすくなる、という可能性を示唆した研究報告も発表されています[4]。ピノレン酸以外にも、松の実にはリノール酸などn-6系多価不飽和脂肪酸が豊富に含まれています。こちらもコレステロールを減らす作用を持つ働きが報告されていますので、抗酸化作用と合わせて血液の状態を整えてくれるでしょう[2]。血液が無理なくスムーズに循環することをサポートすることからも、高血圧予防に繋がります。
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血糖値対策にも期待
松の実に含まれているピノレン酸はLDLコレステロールの低下以外に、糖代謝(耐糖能)の改善作用を持つ可能性がある成分としても注目されています。2015年に発表されたマウスを使った研究では、松の実油に“中程度であるが有意な改善”が、純粋なピノレン酸には“非常に重要な改善”が見られたことが報告されています[5]。そのほか松の実にはビタミンE以外に、ケルセチンやフェノール化合物が含まれており、これらの成分によって血糖降下・抗酸化・抗高脂血症の予防効果を発揮しているのではないかという見解もあります[6]。
こうした松の実やピノレン酸の作用に関してはまだ研究数が少なく、有効性は断定されていません。しかし、それ以外にも松の実は糖質量が少なく、低GI(食後に血糖値を急激に上げにくい)食材。代謝に関与するビタミンB群やマグネシウムなどの栄養素も補給できますので、適量であれば血糖値対策のお供にも適しているでしょう。血糖降下に過剰な期待をするのは避けるべきですが、食材の1つとして取り入れてみる価値はあります。
ダイエットのサポートに
松の実はLDLコレステロールや血糖値の上昇を抑えることに加えて、食欲を抑制することで肥満予防をサポートする働きも期待されています。閉経後の女性18人を対象とした小規模な研究では、1日3gの松の実の摂取によって食欲を抑制するコレシストキニン(CCK)というホルモンの分泌が増加し、食欲の減少が見られたことが報告されています[1]。 2020年に発表された松の実抽出物に関する評価試験でも“糖尿病マウスの空腹時血糖値の低下、高脂血症、および体重減少”が見られたことが報告されています[6]。
松の実の肥満予防効果や食欲抑制効果についてはまだ研究途中であり、有効性が認められているものではありません。しかし、こうした研究結果もあることから、松の実は食欲抑制・ダイエットをサポートしてくれるのではないかと期待され、松の実抽出物等は体脂肪対策やダイエッター向けサプリメントなどにも配合されています。
食材として考えた場合、松の実は低糖質かつ食物繊維と不飽和脂肪酸が豊富。
このため、血糖値の急激な上昇を抑えつつ空腹感を和らげる・満腹感を維持する働きが期待できます。代謝に必要なビタミンやミネラル、抗酸化物質でもあるビタミンEの補給にもなりますから、可能性段階である食欲抑制以外の面でもダイエットサポーターとして役立ってくれるでしょう。ただし、松の実は高カロリー高脂肪でもありますから食べ過ぎには注意が必要。多くても大さじ1杯≒10g以内に抑えると無難でしょう。
美肌・美髪保持
松の実にはビタミンEのほか、フェノール化合物など抗酸化物質が含まれていることが報告されています。抗酸化物質を補給することは、皮膚を酸化ストレスから守り、シワやシミなどの肌老化予防に繋がる可能性もあるでしょう。抗酸化物質の補給以外にも、コラーゲンの産生に関わる銅や亜鉛などのミネラル、皮膚トラブルを防ぎ健康な状態に肌を保つ働きがあるビタミンB群の補給なども、美肌作りに繋がります。
肌だけではなく、松の実は髪の健康維持にも期待されています。これは鉄分などの造血に関わる成分が豊富なこと、良質な植物性脂質・タンパク質が含まれているため。亜鉛には薄毛の原因となる男性ホルモン(ジヒドロテストステロン)の働きを抑制する働きも示唆されているので、美髪保持だけではなく抜け毛予防も期待できそうです。
目的別、松の実のおすすめ食べ合わせ
松の実の注意点、その他
松の実は脂質が多く、酸化しやすい食材。購入時は鮮度が高いものを販売している信頼できる店舗を選び、密閉容器に入れて冷蔵庫で保存するようにしましょう。冷凍保存すればで3ヶ月以上程度保つ、という見解もありますが、使う分ずつ購入したほうが確実です。異臭がする、苦味が強くなっていると感じた場合は摂取を避けましょう。
松の実症候群に関して
松の実、特に十分に加熱されていない松の実を食べることで、金属的な味もしくは苦味を感じる人がいることが報告されています。この味覚異常症状、欧米では松の実症候群(Pine nut syndrome / pine mouth syndrome)と呼ばれています。金属的もしくは苦味を感じている状態は摂食後、数日から数週間続くようです[2]。
松の実症候群の原因は解明されておらず、2011年にFDA(アメリカ食品医薬品局)では「反応はアレルギーではなく、深刻な健康への影響はない」とし、時間が経てば治療せずとも自然と回復すると発表しています[7]。
ただし、松の実を食べて味覚異常ではなくアレルギーがある方も稀にいらっしゃいます。味覚に違和感がある場合も、胸の圧迫感や湿疹などがある場合も、以上を感じた場合は一度医療機関で診断を受けましょう。心当たりのある食品を聞かれた際には、松の実(プラス、外に思い当たる食べ物があればそれも)を伝えて下さい。
松の実の摂取目安量について
松の実は高カロリーかつ高脂質の食材です。炭水化物量が低い・不飽和脂肪酸が多く健康メリットがあるとは言われていても、過剰摂取はアレルギーの悪化や血栓など様々な病気の発症率を高める可能性も指摘されていますから、摂取量には注意しましょう。目安は一日15~20粒(4g)程度、多くても1日10g以内の摂取に留めると良いでしょう。
松の実のオメガ3含有量に関して
海外のWebサイトを中心に、松の実はオメガ3(n-3)系脂肪酸であるα-リノレン酸が豊富で、脳機能の保持・血液循環を促し血圧降下に役立つという見解も多く見かけます。しかし、日本食品標準成分表2020年版(八訂)に掲載されているn-3系多価不飽和脂肪酸量は0.18g。一日に摂取する松の実の量を多く見繕って10gとしても、0.018gです。さんま(皮つき/焼き)の場合は、100gあたりのn-3系多価不飽和脂肪酸量は4.95g。松の実はオメガ3補給源として考えないほうが無難です。
【参考元】
- [1]日本の民間薬 -その63-海松子(カイショウシ)
- [2]Pine Nuts: A Review of Recent Sanitary Conditions and Market Development
- [3]Consensus statement AIGO/SICCR diagnosis and treatment of chronic constipation and obstructed defecation (Part II: Treatment)
- [4]Selective increase in pinolenic acid (all-cis-5,9,12-18:3) in Korean pine nut oil by crystallization and its effect on LDL-receptor activity
- [5]Activity of dietary fatty acids on FFA1 and FFA4 and characterisation of pinolenic acid as a dual FFA1/FFA4 agonist with potential effect against metabolic diseases
- [6]Chemical characterization, antioxidant evaluation, and antidiabetic potential of Pinus gerardiana (Pine nuts) extracts
- [7]An investigational report into the causes of pine mouth events in US consumers