概要ピリリとした辛味と、黄色が特徴的なからしとマスタード。日常的に口にする機会の多い存在であり、経験的に風味や使い方の違いは分かっているものの「何が違う?」と聞かれると説明しにくいものではないでしょうか。今回はそんなからしとマスタードの違いを言葉・原材料・製法など様々な方向から比べつつご紹介します。
からしとは? 原料は何?
冷やし中華やおでんを食べる時に使うからし・ウィンナーやホットドックを食べる時に使うマスタード。おでんや納豆などを食べようと思ったけれどからしがなくて、マスタードで代用したら美味しくなかった……なんて経験をされた方もいらっしゃるはず。何となく経験的に使い分けていることが多く、からしとマスタードでは辛さのタイプが違うということも分かりますが、明確な違いを説明せよと言われると難しいのではないでしょうか。
日本で単に「からし」と言った場合は黄色くてツンと辛い“和がらし”を指すのが一般的だと思います。ですが、からし(辛子/芥子)という言葉はアブラナ科に分類されるカラシナ類の種子を原料とする香辛料もしくは調味料全般を指す言葉でもあります。なので広義に捉えれば「マスタードもからしだよ」というのも嘘ではありません。日本で「からし」という言葉がマスタードを含めるように、英語のmustardも日本のからしを含むカラシナ類全般の総称として利用される事があります。
…と言いつつ、からしとマスタードは大きな枠で見れば同じ括りに含まれますが、食品として見た場合は別物とも言える存在。植物としてもからしやマスタードの原料として利用される種子は大きくホワイトマスタード(sinapis alba)・ブラウンマスタード(brassica juncea)・ブラックマスタード(Brassica nigra)の3タイプに分けられており、和がらしと洋がらしでは使用する種が異なるとも言われています。
和がらしの原料:カラシナ
和がらしはアブラナ科アブラナ属のカラシナと呼ばれる種の種子を原料とする香辛料です。別名セイヨウカラシナとも呼ばれていますが、厳密に言うとカラシナとセイヨウカラシナは別品種とされています。なのでカラシナ・セイヨウカラシナどちらも学名はBrassica junceaとされていますが、カラシナの場合は変種扱いとしてBrassica juncea var. cernuaと表記されることもあります。ちなみにお漬物など使われる「からし菜」という野菜も、和がらしの原料となるカラシナと同じもの。種子は香辛料に、葉は野菜としてと二度美味しい野菜なんですね。
カラシナの先祖と言われるセイヨウカラシナは中央アジア辺りでアブラナとクロガラシ(Brassica nigra)が自然交雑して誕生した種で、弥生時代頃に日本に入ってきたと言われています。これが日本人によって食用とされ、栽培化されることでカラシナへと変化したようです。カラシナと同じ祖先を持ち独自の変化をしたと考えられる近縁種には高菜(学名:Brassica juncea var. integrifolia)もありますよ。
カラシナの種子はブラウンマスタードシードと呼ばれています。調味料としての和がらしはオリエンタルマスタード・チャイニーズマスタード、オリエンタルマスタードシードと呼ばれることもあります。見た目の色からイエローマスタードと呼ばれることもありますが、下記で紹介するホワイトマスタードの別名でもイエローマスタードシードという言い方があるので混同しやすいです。オリエンタルイエローマスタードなど何らかの説明・注釈がなく、単に“イエローマスタード”と言われた場合は洋がらしと思って問題ないと思います。
何故、唐辛子も“辛子”?
からし(辛子)という言葉は広義ではアブラナ科植物の種子を原料とする香辛料や調味料を指します。ナス科トウガラシ属とかなり離れた植物のはずの唐辛子に“辛子”が付けられたのは、唐辛子が日本に伝わった時に似たような辛さを持つ植物がからしだったためと言われています。つまり「唐(外国)から伝わった辛子(のような味のもの)」という意味ですね。
唐辛子が日本に伝わったのは16~17世紀頃とされていますが、カラシナについては『正倉院文書』などの記録から奈良時代には既に日本に存在していたと考えられています。セイヨウカラシナは弥生時代に日本に入ってきたと言われていますから、さもありなんというところでしょうか。ただし平安時代頃まではからし菜が野菜として食べられていただけで、種子を香辛料として利用するようになったのは鎌倉から室町時代頃と考えられています。唐辛子伝来よりは100~200年前から使われていたことになるので、唐辛子の命名時期には知られた存在だったはず。
マスタードの原料:シロガラシ
カラシナの種子を原料とする和辛子に対して、マスタード(洋がらし)は主にアブラナ科シロガラシ属のシロガラシの種子を原料としています。学名はSinapis albaで、3つのマスタードシードで言うところの“ホワイトマスタードシード”に該当します。マスタードの原料としてはイエローマスタード・イエローマスタードシードと紹介されることもありますが、このイエローマスタードを言うのもホワイトマスタードの一種です。
カラシナの種子(オリエンタルマスタード)もイエローマスタードと呼ばれることもありますが、マスタードの原料で言うところのイエローマスタードとは別物。オリエンタルイエローマスタードシードは直径1mmくらいで色が濃いのに対し、イエローマスタードシードは直径2mm程度と大きめでクリーム色よりの淡い色をしているのが特徴とされています。オリエンタルマスタードを和がらしと言うのに対し、イエローマスタードを洋がらしと言う場合もあります。
ただし地域やレシピによってはマスタードでも和がらしと同じくブラウンマスタード(カラシナ種子)を使うものや、ブラックマスタードを使うものもあります。ちなみに粒マスタードの“粒”部分はブラックマスタードシードかブラウンマスタードシードが使われており、イングリッシュマスタードもブラウンマスタードが原料なのでマスタードというよりは日本の「からし」に近い風味があります。
調味料としてのイエローマスタードは別
日本でマスタード(洋がらし)として最もポピュラーなものは北アメリカのイエローマスタードである、と言われています。ホットドックにかける黄色いやつですね。上でイエローマスタードと言われていても日本のカラシナの種子(ブラウンマスタード)よりも色は薄いと紹介しましたが、お店で見かけるマスタードは和がらしと同じか、それ以上に黄色かったはずと思った方もいらっしゃるのではないでしょうか?
調味料として“イエローマスタード”と呼ばれているビビッドに黄色いマスタードは、実は製造過程でターメリックなどを加えて着色しているもの。パッと見ると和がらしと同じ様に見えますが、少し舐めてみるとほとんど辛くないマイルドな風味なのですぐ分かりますね。
製法と風味によるからし・マスタードの違い
からしとマスタードは原料として利用する植物が違いますが、種子から香辛料・調味料として利用できる形にするまでの製造工程もかなり異なります。また和がらしの場合はシンプルですが、マスタードの場合は地域や用途によって味・作り方も様々。下記では製造法や風味の違いを比較してみます。
和がらし(オリエンタルマスタード)
和がらしはツンと鼻に抜けるような強い辛味があるのが特徴。マスタードは食べられるけれど、からしは辛すぎて苦手という方もいらっしゃるかもしれません。この強烈な辛味は「アリル芥子油」という揮発性の高い成分によるもの。元々はシニグリン(カラシ油配糖体)という状態で含まれていますが、水分を加えた時に酵素ミロシナーゼが作用することでアリル芥子油に変化して独特の辛味の元となります。余談ですがワサビの辛味の主成分も同じ成分ですよ。
アリル芥子油(アリルイソチオシアネート/AIT)は辛味によって料理の味を引き締めてくれるだけではなく、健康メリットもあると考えられています。代表的なものとしては
- 殺菌・抗菌作用
- 食欲増進・消化促進
- 血小板凝集抑制作用
- 血流改善作用
- 抗酸化作用(老化予防)
- 神経細胞の保護・修復
- 代謝向上や肥満予防効果
などが期待されています。辛味が良いアクセントになるというだけではなく、殺菌作用から食中毒予防や魚などの生臭さ軽減などにも役立ったため香辛料として使われてきたとも言われていますよ。近年アリルイソチオシアネートはダイエットに良い・がん予防に繋がるのではという説もあり健康成分としても注目されています。
製法・種類について
基本的に和がらしは調味料を加えずに作られています。製法としてはカラシナの種子をすり潰して“粉がらし”を作り、それにぬるま湯を入れて“練りがらし”にするだけと非常にシンプル。私達が口にする際には練りがらしの状態になっていますが、辛子の成分は揮発性ですので使う度に粉がらしから練って作ったほうが新鮮な風味が味わえます。
ただし市販されているチューブに入ったからしは調味料・油脂・保存料や着色用などが添加されているものもあります。原料となるマスタードシードについても和がらしに使われるからし菜だけではなく、シロガラシ(ホワイトマスタード)とブレンドされていることが多いので注意が必要です。
マスタード(洋がらし)
マスタードは和がらしと比べると辛味がマイルドで、柔らかい風味をもつ調味料と言えます。カラシナとシロガラシは含まれている成分が別のため。シロガラシの種子にはシナルビンという物質が含まれており、水を加えると酵素ミロシナーゼが働いて「ベンジル芥子油(パラハイドロオキシべンジルイソチオシアネート)」に変化します。ベンジル芥子油は揮発性・刺激性共に低いので、味わいがマイルドになるのだとか。
製法・種類について
からし(和がらし)に比べてマスタードがマイルドなのは成分だけではなく、製法にも違いがあります。種類により違いがありますが、マスタードは酢・砂糖などで味を整えたものが多くなっています。酢の酢酸は芥子油への変化を行う酵素の働きを抑える働きもあるので、より辛味が弱くなります。種子をすり潰して水を加えただけの和がらしは香辛料とも言えますが、マスタードになると調味料と言ったほうがしっくり来るかもしれません。
日本のからしは“練る”ので固めの感覚ですが、マスタードはソースのような形で使われるため緩めのものが多くなっています。またベンジル芥子油は弱揮発性なので、和がらしよりも風味が抜けにくいと言われています。これ以外の部分については各マスタードの製法の違いによって味・食感などに差異が生じるため、下記では代表的なマスタードの種類と特徴を簡単にご紹介します。
イエローマスタード(アメリカンマスタード)
調味料としてのイエローマスタードについてでも紹介したように、日本でマスタードと言われた場合に連想される方が多い黄色いマスタード。アメリカやカナダなど北米でよく用いられることからアメリカンマスタードとも呼ばれています。洋食店・ファストフード店などでケチャップの隣に置かれている“黄色いボトル”の中身でもあり、ホットドックやハンバーガーなどに使われているのもこのタイプ。
材料としてはシロガラシの種子(ホワイトマスタード/イエローマスタード)以外に、黄色い色の元となるターメリック・塩や酢などが使われています。そのほか香辛料や砂糖・油を加えることもあるそう。日本のからしを基準に考えると、香辛料というよりも調味料的な要素が強いと言えます。
粒マスタード
ソーセージやウィンナーなどに日本でも使われることが多い粒マスタード。見た目としてはワイルドで辛そうですが、カラシナ類の種子はすり潰し水を加えないと強い辛味が出ません。そのため風味はマイルドで、辛いと言うよりもさっぱりした印象のほうが強いでしょう。そのまま肉料理に付けて食べる機会が多いですが、プチプチした食感を生かしてドレッシングやソース作りにも活躍します。
製法としてはマスタードシードを酢やワインなどに漬け込んで発酵させた後、粗挽き状態にすり潰します。すりつぶす時に塩やハチミツ・胡椒などを入れて味を整えています。使うマスタードの種類は個人の好み・メーカーにより異なりますが、ブラウンマスタードシードもしくはブラックマスタードシードとホワイトマスタードシードを半々くらいで混ぜて使うことが多いようです。確かに市販されている粒マスタードは濃い色の粒と薄い色の粒が混じっていますね。
ディジョンマスタード
マスタードと言うよりもディップソースのような見た目・質感のディジョンマスタード。フランスのブルゴーニュ地方にあるディジョンという土地で13世紀頃から作られてきた伝統的レシピで、ブラウンマスタードシードもしくはブラックマスタードシードをヴェルジュと呼ばれる未熟ブドウのジュースに漬け込んで作られます。粒マスタードの作り方と似ていますが、ディジョンマスタードの場合は漬け込む前にカラシナ類の種子の外側にある皮を取り除くのがポイント。
基本的に種子はクリーム状になるまで細かく粉砕されますが、粒入りのもの・ヴェルジュの代わりに白ワインを使うものなどのバリエーションもあります。1937年にAOC認定がされているため「ディジョンマスタード」の名称を使うには原料と製造方法を守る必要があると言われていますが、日本貿易振興機構からは“一般的な名称”としてパブリックドメイン扱いであるという見解も発表されています。
ディジョンマスタードは原材料の関係から日本の和がらしに似た風味がありますが、辛味はマイルドで上品な印象なので近年日本でも人気が高まっているそう。お醤油や味噌など日本の調味料との相性も良いので、和風サラダや煮物・照り焼きなどを作る時の隠し味にも利用されていますよ。
イングリッシュマスタード
イングリッシュマスタードはカラシナ(ブラウンマスタードシード)もしくはホワイトマスタードシードを粉末化したパウダー、もしくはそれに小麦粉やウコンを加えてペースト状にしたものが使われています。ブランマスタードが使用されており他の調味料類がほとんど含まれていないため、マスタードと呼ばれているものの中では最も和がらしに近いと言われています。印象としては和がらしとイエローマスタードの中間といったところ。辛味が強いのでローストビーフやソーセージなどとも合いますし、香辛料として料理の隠し味に使われることもありますよ。
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ブラックマスタードはどこで使われている?
以上が主なからし・マスタード類の製法と風味などの特徴となります。原料として利用される種子はホワイトマスタード(イエローマスタード)・ブラウンマスタード・ブラックマスタードの3タイプに分けられると紹介しましたが、こうして各マスタード類を見ていくとブラックマスタードってめちゃくちゃ影が薄く感じませんが? ディジョンマスタードもしくは粒マスタードに利用される場合がありますが、日本で見かけるものはブラウンマスタードシードが使われているものが圧倒的に多いように感じます。
で、ブラックマスタードシードはどこで多用されているのかと言うと。
インド料理、なのだそうです。
インド料理では日本の練りがらし・欧米のマスタードのようにペースト状にして使うのではなく、ホールのままマスタードシードを油で炒めてカレーやダールに入れることが多いのだとか。ブラックマスタードも日本のからし(ブランマスタード)と同様に強い辛味を持つとされていますが、インドでは種子が弾けるまでよく炒めて利用するので“辛味”については担っていないと言われています。こんがり焼いたナッツのような香ばさを担当しているのだそうですよ。
からしとマスタードの違いまとめ
和がらし
- 主にアブラナ科アブラナ属カラシナが原料
(学名:Brassica juncea) - ブラウンマスタード
もしくはオリエンタルマスタードと呼ばれる - 刺激的な強い辛味がある
- 辛味成分はアリル芥子油
- 他の調味料は加えず、香辛料感覚で扱われる
マスタード
- 主にアブラナ科シロガラシ属シロガラシが原料
(学名:Sinapis alba) - ホワイトマスタード
もしくはイエローマスタードと呼ばれる - 辛味はマイルド
- 辛味成分はベンジル芥子油
- ソースやドレッシングとして使われる
大まかにはこんな感じでしょうか。ただしマスタードでも和がらしと同じくブラウンマスタードを原料とすることがありますから、元となる植物が違うという説明は的確ではないと思います。一言で簡単に違いを表わせと言われたら「からし(和がらし)は種子をすり潰した香辛料もしくは薬味、マスタードは酢などを加えて調味したドレッシングもしくはソースとして利用できるもの」と言うのが良いような気がします。洋がらしとマスタードを同一と見るか、洋がらしは種子のみ・マスタードは調味されたものと分けるかは、人により意見が異なるようです。
からし・マスタードは代用できる?
マスタードは酢や砂糖などで味をつけられているものなので、基本的にからし(和がらし)の代わりにマスタードを使うことは出来ません。好みにもよりますが、マスタードの付いたおでんや角煮・マスタードを混ぜた納豆などは「何かが違う」と感じる方が多いはずです。同じくマスタードについても和がらしをそのまま使うことは出来ません。たっぷりからしをかけたホットドックやパンの広範囲にからしが塗られたサンドイッチは、チャレンジメニュー化してしまいます。
ただし焼き魚やステーキなどの料理であれば代用ではありませんが、どちらでも合わせることは出来ます。また、からしは調味前の段階なのでマスタードよりも辛味は強く出ますが、酢や砂糖・ハチミツなどを加えることで“マスタード”っぽいものを作ることは出来るでしょう。辛味が苦手な方は苦行になる可能性も否めませんが、ちょっと辛めが良いという方は試してみると面白いかもしれません。